アルツハイマーになった母が運転したがるのを、どうにかして止めた時の話

   

僕のおかんは、アルツハイマーになりました。
若くして。いわゆる若年性アルツハイマー症です。

日に日に落ちるおかんの認知機能。
昔、志村けんのコントで「メシはまだか?」と言う痴呆老人のコントがあって、
テレビを見てあははと笑っていましたが、
そんな光景が目の前で繰り広げられていました。笑えない。

 

 

それが、「認知機能が落ちているのに、しきりに運転したがる」のなら、余計に笑えません。
当時の母は、意地でも運転をしようとしていました。
まるで運転できないことが、自分の尊厳が侵されるかのように思ってる風に見えました。

 

 

もし、同じように悩んでいる人がいるのなら、
ケーススタディとしてぜひ読んでみて欲しいです。
もしかしたら何かしらの参考になるかもしれません。

 

 

今日は、
空気が読めずワガママで、
だけど明るくていつも笑っていたおかんと僕たち家族の、
アルツハイマー病をめぐるお話をお届けします。
今日は「運転をなんとかしてやめさせる編」です。

 

 

↓おかん

 

 

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アルツハイマーと診断されると、運転免許は取り消しに

僕たちは、母がアルツハイマーだと診断された際は、自主的に免許証を返納しました。
危なっかしくて、運転なんてさせるわけにはいきません。

おかんはもう仕事も無くなってしまったし、
家でのんびりするしかないので(徘徊したりしてましたが)、危ないだけの運転をする理由はなかったのです。

 

「近場しか運転しないから」
「まだ病状の進行が軽いから」
こんな理由で運転をし続ける人もいると思います。特に田舎住まいだと、足である車を奪われるのはつらい。
しかし、万が一が起きてからでは遅いので、
とりあえず免許を先に返すことにしました。

 

 

おかんは、意外とこれをすんなり受け入れてくれました。

「残念だけどしょうがないよね」
まだこの時は理性的だったんです。

 

 

ところで、
なかなか免許の返納に応じてくれない人もいると思いますが、
今は下記のように道路交通法のガイドラインが示されています。

医師が認知症と診断し、患者が自動車運転をしていることがわかった場合には、自動車の運転を中止し、免許証を返納するように患者および家族(または介護者)に説明して、その旨を診療録に記載する。

認知症の診断の届出をする際には、患者本人および家族(または介護者)の同意を得るようにする。

届出をした医師はその写しを本人もしくは家族(または介護者)に渡すようにする。

家族または介護者から認知症がある患者の運転をやめさせる方法について相談を受けた場合には、本人の同意を得ることが困難な場合も含め、状況を総合的に勘案し相談を受けた医師が届出について判断する。
※日本老年医学会

 

つまり、
その人がアルツハイマーや認知症であると診断したお医者さんは、
極力家族や本人に免許証を返納してもらうよう促したり、お医者さんから届け出を出すことに同意を求めたりします。

しかし患者本人がどうしても「分かりました」、と応じてくれない場合は(自分がアルツハイマーだという認識すらない場合もあるので)、
お医者さんから「この人は認知症なので運転させるわけにはいかん」と届けてもらうことになるのです。

 

 

なので、免許証を取り消しにすることは、
たとえ本人が嫌がっていても可能です。

 

 

しかし、その後の生活が不便になることもあるでしょう。
僕みたいな田舎に住んでいると、車が無いことは極めて不便。
ケアマネなどとその後の生活に不便が無いように、よく相談する必要がありますね。

 

 

 

 

免許がなくても、構わず運転しようとするおかん

アルツハイマー症などで介護をしている人は経験したことがあるでしょう。
「突然、何言い出すのこの人」って耳を疑いたくなる出来事を。

 

「ちょっと、お母さん買い物行ってくるわー」
おかんは車に乗り込もうとしていました。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょ!何言い出すねん!
この間免許証返したやないか!!」

 

 

「えー?そうやったかいなー。
でもお母さん外行きたいしなぁ」

 

 

と、まあこんなやり取りが何回も。
おかんは今までの生活を普通に反復しようとしてたのですね。
僕の住んでる街は田舎なので、
車が無いとかなり活動が制限されることになります。窮屈な想いもしてたのでしょう。

 

 

 

 

車に異常に執着しはじめる

「お母さんなー、あの車めっちゃ好きやねん
あの大きさの感じもええやろー?
色とかもめっちゃ好きやねん。
思い出もいっぱいあるしなー。」

 

アルツハイマーと診断されるまで、
おかんはホンダの赤いコンパクトカーに乗っていました。

 

「もう運転することができない」と気づいたからかどうかは分かりません。
しかし今まで聞いたことのないような車への愛着を口にすることが増えました。

 

 

「せやなー。可愛らしくてええ車やなー」
と話をはぐらかすことしかできません。

 

 

 

 

朝起きたら、おかんが車に乗っていた。運転する気だった…?

いよいよヤバいかな、
と弟と顔を見合わせた出来事がありました。

 

朝起きたらおかんがいないのです。
嫌な汗をかきながら、おかんを探しました。

 

「あ、こんなとこにいた!
おかん、何してんねん!!」

 

 

おかんは車庫の運転席に座っていて、
ハンドルを握ったままブツブツと何かを言っていました。

 

「あ、あんたか。いやなー、外行きたいねんけど、車動かへんねん」

 

 

「何言うてんねん!
車運転したらあかんって言うたやろ!」

 

 

まだ頭の働いていない朝だったし、
えらく心配したので、ついカッとなって怒ってしまいました。
認知症の人に否定的な言葉を投げると大体良くない状況に陥ります。
「あんたなんや!その生意気な態度は!」

 

 

 

「おかんはアルツハイマーだ」と分かっているのに、売り言葉に買い言葉の喧嘩、喧嘩、喧嘩。
そして後で激しく後悔。

 

 

「いや、おかーちゃん、それより俺と散歩しよっか。運転より息子とデートの方がずっと楽しいやろ」

と、こんな風に優しく言えたら…
今でも後悔しています。

 

 

この一件があってからと言うものの、
「いよいよヤバいな」と家族で認識するようになりました。

 

 

この朝、おかんは運転方法も忘れていたみたいだし重いシャッターも降りていたので、
おかんは外に出られませんでした。

しかし何かの拍子で運転できてしまい、たまたま目を離した隙に外に出たら大変です。
この時はまだ意識がしっかりしている時とそうでない時が混ざっている感じだったのです。

やたら頭が冴えている時に運転をしてしまったら…。そう考えると無性に怖くなりました。

 

実際認知症の人が事故を起こすことは増えているようですね。
認知症ネットにまとめられています。

暴走や逆走、線路を走るなど、
思っている以上に「認知症でありながら運転している人」が存在するようです。

 

 

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鍵を隠したら、「鍵がない」と叫びわめく

そこで鍵を隠すことにしました。
車を売ることも考えたけど、愛着がある車を奪ってしまうのはなんだか胸が痛い…。

 

 

だから愛着のある車は残して、
乗りたい時には僕たちが運転する、
そして鍵は僕たちが隠すことにしました。

 

しかし…

「あんた、お母さんの車の鍵知らんか」

 

 

「あんたが隠したんやろ!」

 

 

「なんでそんなことすんねん!
はよ出しなさい!!」

 

 

 

と、母親が小さい息子を叱る時のように、
めっちゃ怒られてしまいました。
その時の癇癪(かんしゃく)の感じと言ったら、
もう手がつけられない感じでした。

 

認知症の症状の一つに被害妄想があります。
「悪意を持って、私の鍵を隠したに違いない」
こんな風にとらえられてしまったのかもしれません。

 

 

 

 

 

車を強制売却。でも後から後悔。

どんどん落ちていくおかんの認知能力。
日に日に強くなる車への執着。
毎日のように繰り返される癇癪(かんしゃく)。

 

これらにほとほと疲れてしまった僕たちが出した結論は、
「もう、勝手に車売ってしまおう」
というものでした。

 

それまでは、

「なぁ、お母ちゃん、車売ってしもてええか?」
と、おかんの機嫌が良い時や頭が比較的クリアな時に聞いていました。
しかし、

「お母さん、あれ気に入ってんねん」

 

と乗りもしない車を手放そうとしませんでした。
しかし、下手をすれば一瞬の隙に車を運転してどこかに行くかもしれない…。
それで万が一の事故を起こしてしまったら…。

 

 

認知症の人が事故を起こした場合、
本人に責任能力が無いことが認められたら、
家族の監督責任になり得ます
当たり前といえば、当たり前ですね。

 

なにより、人様に悲しい思いをさせるわけにはいきません。
高齢者が運転する車が小学生をはねたといった痛ましい事故のニュースは、
最近耳にすることが多くなりました。

 

「なんとかおかんの思い通りにしたいけど、
これはもう売ってしまおう。
ショックは受けるだろうけど…
ショックを受けたことすら、いずれ忘れてしまう…」

 

優しい弟は、
おかんのことを想って、車を手放すことを最後まで反対していました。
しかし、僕たちが最後に決めたのは、無理やりにでも車を売ってしまうことでした。

 

 

 

「あの車気に入っててんけどな…」

 

しょんぼりするおかんを見て、
やっぱり僕たちは後悔しました。

 

 

でも、
ほんのすこしの時間が経つだけで、
おかんは車のことはもう話さなくなりました。

 

車のことを話さなくなったおかんを見て、
「やっぱりなにもかも忘れていくのかな…」
と改めて事実を突きつけられたようで、僕はまた悲しくなりました。

 

 

 

まとめ あの時を振り返って

免許返納

それでも車に乗ろうとする

鍵を隠したら、めちゃくちゃ怒った

車自体を手放す

 

と、おかんの愛車を巡っては、
アルツハイマーをきっかけに色々ありました。

 

なんとか違う方法がなかったのか、
とあの時を振り帰って考えるのですが…

やはり免許証を手放し、
車を手放すのがベストな方法だったんです。
これ以外に考えられません。

 

私見ですが、身内がアルツハイマーを患った以上、家族の痛みは避けられません。
傷つくし、傷つけてしまう。
でもその痛みから逃げ続けていて、
万が一の事が起こったらさらに深刻な問題が家族を襲います。
僕はもっと早くおかんの車を売ってしまうべきだった、そう思います。

 

 

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 - 母のアルツハイマーの話