アルツハイマーの症状が出て怒りっぽい母に、どのように対応したか

   

僕の母は若年性アルツハイマー型認知症を患っています。
もう僕の名前なんてとっくに忘れてしまって今では施設に入り、
その意味では平穏な毎日が戻ってきたのですが、かつては苦悩の連続でした。

 

症状初期に突然怒りっぽくなった時、
症状が進んで母自身もよく分からずに怒っていた時、
僕たち家族もどうすればよいのか、最初は正直分からなかったです。

 

それでも時間が経過するにつれ、
徐々に怒りっぽさへの対応を会得するようになりました。

 

 

変に怒りっぽかったので、アルツハイマーを疑えばよかった

妙だなと思ったんです。
鍵をなくしたのを少し注意しただけで、

「あんたは私に恥をかかせた」
と怒り狂ったり、些細なことで怒るようになりました。

 

 

 

今思うと、認知症のうち「易怒性」という
怒りっぽくなる症状だったのですが、

「更年期障害やねん」
と言われていたのでそれを間に受けていました。

 

 

確かに更年期障害でも怒りっぽくなります。
うつ病や双極性障害、適応障害などでも怒りっぽくなります。

 

この頃から、
「なんでこんなミスをするの?」
「なんでこんな当たり前のことを忘れるの?」
と言いたくなるような物忘れなどをしていました。

 

「ちょっと疲れてるねん」
と母は嘘ぶいていました。

 

 

これも今から思うと、
認知症の人に見られる「取り繕い症状」だったのですが、
当時の僕は「母が認知症である」ことを信じたくもないし、信じられなかったのです。
だって、まさか自分のおかんが50代でボケるなんて思いたくないですから。

 

でも、この時の対応の遅れが、
母へのケアの遅れ、
僕たちの心の準備の遅れへとつながっていったのです。
後の祭ですが、もっと早く気付けばと今でも思います。

 

 

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怒りっぽい母への、間違った対応

最初僕たちが母にとっていた対応は、
今思うと完全に間違った対応でした。
しかし、その時は分からなかったんです。
もし今まさに悩んでいる人がいるのなら、
僕たちの過ちの経験から参考にしていただけると嬉しいです。

 

 

こっちも一緒になって怒ってしまった

多分第三者から見ると、
「病気なんだから、一歩引いて対応しないとダメよ」
と見えてしまうことでしょう。

 

これは当時者にしか分からない悩みかもしれませんね。
実の母に、

「今すぐ出ていきなさい」

 

 

とか言われてしまうのです。
頭では、
「これはおかんの本心じゃない」
と分かっていても…

 

「なにわけわからんこと言ってるんや!!」
とこちらまでムキになって怒っていました。

 

 

そして後から激しく後悔…。
対応の仕方が分からない当初は、
この連続だったように記憶しています。

 

もしかしたら、この時の僕は人生で一番残酷だったかもしれません。
「まだ大丈夫だろう」と、遠慮なく言い返してたからです。

 

 

 

薬が効きすぎてえらいことに

症状がだいぶ進行してきた頃、
感情的な抑揚を鎮めるのに、抗不安薬などが処方されました。
「これでだいぶお母さんは良くなるでしょう」

 

そう言った先生の言葉に、
決してアルツハイマーの進行自体は良くはならず、
単に怒りの症状がおさまるだけと知っていながらも、
なんだか安堵したのを覚えています。

 

しかし…
その薬が効きすぎました。
母は確かにおとなしくなりました。
しかし動きは緩慢になり、
まるで亡霊が歩いているようでした。

 

白目になりかけの目で、
よだれを垂らしながら家の中を往復していました。
夜中にいきなり背後に立たれた時は心臓が止まるかと思いました。
風呂に入るのを嫌がり、次のデイサービスまで風呂に入らなかったので、
家の中が酷く臭いました。

 

それが薬のせいとは思わず、
「だいぶ病気が進行してしまったんだ」…と半ば諦めかけていたのですが、
あるきっかけで病院を変え、薬を変えたとたんに、
元の明るい(でも物忘れは激しい)母が戻ってきました。

 

「え…?あれ薬のせいだったの??」
と元気な母が戻って嬉しいんだか、
今までのことがショックなんだかよく分からない感情になったのを記憶しています。

 

感情の起伏を抑えるための薬の調合は難しいそうなので、
当時の医師を責めるわけではないのですが、
もっと早くに気づいて病院を変えてやればよかったと思いますね。

 

 

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怒りっぽい母に対し、だんだん上手くなった対応

そんな僕たちもだんだん母の対応に慣れてきました。
以下は多分正しかった母への対応です。

 

 

否定しない

どんなに訳のわからないことを言っても否定しないことです。
どれだけ時間が無い時に訳の分からないことを言っても、
こちらが、
「何言ってんねん!そんなわけないやろ!」
と言い返すと、それだけどもっともっと時間を取られることになります。

 

母は分からなくて困惑している、
そして不安である。

 

そんな時に怒って否定していたら、
母は傷つくし自制心を失いつつあるので簡単に激怒してしまいます。

 

「うーん、そーかそーかー。
なるほどねー。はいはい。」
とこんな機械音声のような相槌でも、
母はとりあえず納得したようなのでした。

 

それが、より一層母の病状の深刻さを知ることになり、
同時に母を騙しているようで胸が痛かったんですがね…。
喧嘩してお互い傷つくより、ずっとマシです。

 

 

 

真面目に聞かない

先ほどの、

「うーん、そーかそーかー。
なるほどねー。はいはい。」

 

のくだりにも通じてきますが、
ある時を境に徐々に母の話を真面目に聞かなくなりました。
怒っていても放っておいたこともあります。
多分僕の中で何かスイッチが変わったんでしょうね。

 

その代わり、母の行動には注視するようになりました。
危ないことをしていないか、
今何に興味を惹かれているか、
言葉に注視すると振り回されますが、
行動に注視すると(これも振り回されるけど)介護する僕たちのやるべきことが見えてきて、
気持ちも少し楽になります。

 

 

予感がしたら、話をスライド

何度か喧嘩を重ねるうちに、
「この話の延長線上でおかんはキレる」
となんとなく分かるようになります。

 

「お母さんの車の鍵知らへんかー。
どこにもないねん。
なあ、どこか知らんかー」

 

と、「やたらコレに執着してるなー」
と感じたら、怒りの炎に引火しないように早めに話を変えてあげることです。
間に受けて、

「知らんわ!さっきも探したやろ!」
とか言うと怒りに引火することになります。

 

でも、
「おかん、それよりどら焼き食べようや」

「ええー鍵知らんかー」

「どら焼き美味しいで。
さっき買ってきたんや。な?食べよ?」

「ほな食べよかなぁ」

 

と、母がなおも車の鍵に執着し続けることはなく、
だいたい話をすり替えて忘れさせることはできました。
なおも執着して最終的におかんがキレてしまうことは、
あんまりなかったですね。

 

 

 

まとめ

当事者になってみると、
医学書に書いているように上手く振舞ったり、
介護職の友人が教えてくれるように適切に対応したり、
ってなかなかできないものです。
だって実のおかんだもの!!

「認知症になった肉親に対し、上手く対応できない自分への怒り」
が介護をする立場にとっては辛いのではないでしょうか。

 

そんな時僕は、
専門家に相談したり、
信頼できる誰かにつらい胸のうちを打ち明けてみたりして、
少し楽になって心のバランスをとっていました。

 

もし読んでくださっている人がいるのなら、
心の整理が少しでもついて、介護すべき人に合った対応の仕方が分かるようになることを、
心から願っています。

 

 

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 - 母のアルツハイマーの話