同情 共感。似てるけど、その大きな違いとは?

      2017/07/02

似てるようでかなり違う、「同情と共感」。
「同情するのは良くないことだ」って聞いたことありませんか?
でも両者の違いを明確に言葉にするのは難しいです。
 
 
よりよい人間関係を構築するためには、
「同情」と「共感」の違いを理解する事はきっと役に立つはず。
 
同情と共感について、その言葉の定義や意味を
じっくり考察してみました。
 
 
 

 

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「同情」は上から目線だ

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「同情は最低だ」とまで言われる事もあります。
それぐらい同情はやってはいけないことって風潮が多いですねぇ。
これはなぜか。
 
 
同情してくる人を見ていて思うのですが、
同情してくる人と言うのは、
相手の悩みは実はそんなに大事じゃないんじゃないかなーってことです。
 
 
 
 
 
 
例えばあなたが仕事でひどい失敗をして落ち込んでいる時に、
検討違いのアドバイスをくれたり、
あなたの話をロクに聞かずに、
「つらいね、分かるよ」
などと軽〜く言ったりします。
 
 
 
あなたの本当の辛さを理解しようとしたら、
場合によっては「つらいね」って言う言葉が、
ひどく薄っぺらい言葉になり得るかもしれないのに、
簡単に言ってしまいます。
 
 
 
でも同情しようとする人は、
そんな相手の本当の心のつらさには気づかず、
上辺の態度を取ってしまいがち。
 
 
 
 
キツイ言い方すると、ちょっと嫌な感じです。
ひとりよがりで自己満足なんですね。
 
 
 
 
 
さらに彼らの心の中には、
「この人は仕事でヘマしてやばい人、でも私は大丈夫」
と言った、
こっちが求めてもいない、
変な憐れみの心が隠されています。

 
 
 
「あ〜〜あ、やっちゃった」
みたいな上から目線です。
 
 
 
 
つまり、同情すると同時に
「あなたより、今の私は立場が上」
と言った上下関係=縦の関係が勝手に生じている。
つまり同情してこられると、偉そうに見えてしまいます。
 
 
 
同情ってなんだか嫌な感じです。
「同情するなら金をくれ!」
って言いたくなる気持ちは分かります。
 
 
 
 
でも、
これ自分も気づかずよくやっちゃうんですよねー。
 
 
つい自分目線で「俺ならこうするよ」
とかいらないアドバイスまでしちゃって。
「良いこと言ってる自分」に、悦に浸りたいばかりについ饒舌にベラベラと喋ってしまいます。
 
 
そういう時って、
相手はすごい白けた顔してます。

気をつけないとなぁ。
だいたい後から気づくんだよね(笑)。
 
 
 
 
あなたの事が本当はどうでも良くて、
自分を満たすために上から目線であなたを評価する行為、
それが「同情」と言えます。
 
 
 
 

 

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「共感」は横目線。そして、思いやりがある。

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先ほどの同情とは異なり、
共感は横の関係、
つまり上下関係では無く対等な関係
 
 
 
上から目線で相手の状況を評価するのではなく、
相手と同じ目線でものを見て感じる、
これが共感と言えるのではないでしょうか。
 
 
 
 
ベストセラーになった「嫌われる勇気」の続編「幸せになる勇気」
にこんな一節があります。
他者の目で見て、他者の耳で聞き、他者の心で感じること※幸せになる勇気 岸見一郎・古賀史健 P52
 
 
 
 
他人である私たちが、
完全に相手になる事はできません。
だから決して完璧に相手のことを理解する事はできません。
 
 
そこには自分と他人という明確な境界線があります。
なので、共感は本当はとても難しい事なはずです。
 
 
 
 
例えば、子を亡くした親に、
「つらいね、分かるよ」なんて言葉は、
本当に相手の気持ちを考えたら簡単には絶対に言えないですよね。
 
子を亡くしたシチュエーションは、
どれだけ想像しても想像を絶するからです。
 
だからこそ相手をもっともっと思いやって、
少しでも相手の気持ちを知ろうと努力するんですね。
ちゃんと相手のことを知ろうとしたら、
今子どもを亡くしたこの人には思いやりの言葉が実は必要無い、
ってことが見えてくるかもしれません。
 
 
 
 
共感とは、
相手の見えてる事を受け入れ、
相手の感じる事を受け入れ、
相手が悩んでいることを受け入れる。
相手がしている行いの全てに敬意を払う行為です。
自分と相手の境界線を越え相手の世界を共有する。
マジ相手のことリスペクト状態です。
 
 
 
 
このような姿勢でいると、
優しさや大切に想う気持ちが自然と伝わります。
 
 
 
 
そんな誠実な人いたら、
なんでも話しちゃいますよね。
「この人分かってくれるわー」って。
「この人ならなんでも言えるわー」って。
 
 
 
 
僕は営業職をしていましたが、
今説明したような共感のプロセスが上手くいったら、
大体その商談も成功していました。
 
 
 
 
 
もし僕にも同じように共感してくれる人がいたら、
僕の感じていることを感じてくれて、
僕の悩んでいることを受け入れる人がいてくれたら、
この人は僕を大切にしてくれてる、と感じると思います。
 
 
 
でも共感は正直難しい。
いつの間にか同情のようなことをしてしまいます。
軽薄に同情するように「大変っすねー」とか言ったら、
だいたい嫌われていました。「あいつ薄っぺらいんだよね」って。
そんなに悪気無かったんですけどね。  
 
 
 
とは言え、
苦しんでいる相手と一緒になって
ずーっと自分も苦しむのは違うと思いますけどね。
そこはどこかで別の一人の人間として、どこかで線を引くべきところかと思います。
 
 
 

 
 
 

まとめ

いかがでしたか?
とても似ている言葉だからこそ議論も多い「同情と共感」。
正直明確な線引きも難しい!
こっちからあっちは同情!
こっちからそっちは共感!
って簡単に言えるものでもない。
 
 
だからこそ気をつけたい。
いつの間にか上から目線の嫌な奴になるか、
相手目線で良いコミュニケーションを結ぶか。
 
 
僕は、まだまだ修行不足で
つい一人よがりになりがちだけど、
自分をしっかり律していきたいなーと思います。
 
 
結局、相手への思いやりや愛情って、
巡り巡って自分に返ってきますしねぇ。
(ってそんな損得勘定じゃダメだよね笑)
 
 
 

 

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